絵画・版画、稀少
Paul Klee パウル・クレー
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商品詳細

パウル・クレー Paul Klee 「Saint of the inner Light」 ポショワール、1947年作

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作家:Paul KLEE パウル・クレー(1899〜1940)

題名:「Saint of the Inner Light  」  原画製作年:1921年

サイズ,ペーパー:30、3x22、8 cm  画面:24x13.、5cm

額の外寸:46、8x37、3cm

布マット、面金は古金模様


技法はポショワール(1947年制作)

✩保証書・資料としてテキストのコピー36枚綴りを添付いたします✩(ケースは除外品)






PAUL KLEE(1879〜1940)

スイスの首都ベルンでドイツ人音楽家の両親のもとに生まれる
小さい頃からヴァイオリンの才能を発揮し、11歳で市の管弦楽団の団員となるもクレー自身の興味は
文学や絵画へと向かっていき
 ピアノ教師の妻の主夫として家事・育児をこなすかたわら独自の表現を磨いていく。
1914年、画家の友人と北アフリカ・チュニジアを2週間旅行するが、これがきっかけ、転機となり、画風がより多才になっていく。

芸術は目に見えるものを再現する事ではなく、目に見えないものを見えるようにするものである

この世では私は理解されない、なぜなら私は未だ生を受けていないものや、死者たちの様な高次元の想像の魂の中に誰よりも近づいている存在だから…


パウル・クレー略歴

1879年12月18日、ベルン郊外のミュンヘンブッフゼーで生まれる。
1889年、ドイツのミュンヘンの美術学校に入学。
1906年、ピアニストのリリー・シュトゥムフと結婚。
1907年、息子のフェリックス誕生。
1916年、ドイツ軍に徴兵される。
1920年、ワイマールのバウハウスで教鞭をとる。
1931年、デュッセルドルフの美術アカデミーに移る。
1933年、ナチスに追われて祖国スイスに帰郷。
1940年6月29日、皮膚硬化症で死去。享年61歳。





☆1921(42歳) … 気まぐれなバウハウス教師
バウハウスのマイスターに着任。最初は製本工房で教え、後にステンドグラスと壁画のワークップを担当する。講義の内容は極めて綿密に用意されたもので、そのレベルの高さに学生の多くは音を上げるほどだった。
一方でクレーは「自分の方法が唯一ではない...」と繰り返し強調した。
冬学期、息子フェリックス14歳でバウハウスに入学させる。この年、母イーダ死去
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