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シャガール リトグラフ
ホームシャガールMarc CHAGALLシャガール、Marc Chagall オフリトグラフ 「ダフニスとクロエー」
商品詳細

シャガール、Marc Chagall オフリトグラフ 「ダフニスとクロエー」

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1977年
( 1961年のオリジナルの後、1977年ドイツで刊行された作品、発行者はGeorge Braziller Inc.)

      題名:309.ダフニスを見つけるラモ〜ン LAMON DISCOVERS DAPHNIS
技法:オフセットリトグラフ
          
      サイズ:32x24cm

1961年のオリジナルの後、1977年ドイツで刊行れた作品、発行者は誉れ高いGeorge Braziller Inc.
オリジナルに劣ることなく再現された作品です、

実際1961年の作品と並べて比較しても大きさ以外の違いを見つけるのは難しいくらいです。
もちろん、光沢の仕上げではありません.....(e-bay等でも2倍もしくはそれ以上の価格で販売されています)










額装イメージ↓↓
額の外寸:52x44,5cm

☆ご希望により額装を承ります!

アップ画像の仕様で額装金額4千5百円(税込み)+送料
額の在庫状況により、発送に5日ほどかかる場合があります.....






◇場面の解説

山羊飼いのラモ〜ンが捨て子の赤ん坊(後にダフニスと命名)を発見する場面
ラモ〜ンの飼っている母親山羊の一頭が自分の生んだ子山羊の面倒も見ずにどこかへ出かけるので、ラモ〜ンは子山羊が憐れになり母親山羊の足後をたどっていく......
 なんと、この母山羊は人間の赤子に乳を飲ませ育てていたのであった!
赤子は山羊の乳をごくごくと飲んでいた........
ラモ〜ンは驚き赤子に近よってみると、普通の捨て子にはふさわしくない立派な産衣、上着は本物の紫染め、留め金は黄金製、象牙の柄のついた短刀までつけてあった。
ラモ〜ンは最初、ほっておくつもりだったが、山羊ですら示した情愛を見習うことが出来ないのは恥ずかしい事だと悟り、赤子を連れ引き上げた。





Marc Chagall(1887-1985)
1875年 ロシア、ヴィテブスクに9人兄弟の長男として生まれる。
1900年 4年生の公立学校に入学。(同級生にオシップ・ザッキン)
1907年 サンクトペテルブルグの美術学校に入学。
1909年 レオン・バクストの美術学校で学ぶ。
1910年 パリに赴き以降5年間滞在。
1915年 母が病死。 ベラと結婚。
1923年 再びパリに戻る。
   ロシアではアバンギャルドな作品を制作したが、パリでは「愛」の表現へと変わる。
1941年 第二次世界大戦勃発、ナチスの迫害を避けアメリカへ亡命。
1944年 同郷の妻ベラがアメリカで病死。
1947年 パリへ戻る。
1950年 フランス国籍を取得。
1952年 ユダヤ人女性のヴァランテイーヌ・ブロッキーと再婚。
1960年 エラスムス賞を受賞。 当時の文化大臣でシャガールと親交のあったアンドレ・マルローはオペラ座の天井画を依頼する。
1964年 オペラ座の天井がを完成。
1966年 17点の連作「聖書のメッセージ」をフランス国家に寄贈。
1973年 シャガール、86歳の誕生日、ニース市に「国立マルク・シャガール美術館」が開館。
1985年 ニースに近いサン=ポール=ド=ヴァンスの墓地に眠る.....
他の写真
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シャガール、Marc Chagall オフリトグラフ 「ダフニスとクロエー」

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