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シャガール リトグラフ
ホームシャガールMarc CHAGALLシャガール、Marc Chagall オフリトグラフ 「ダフニスとクロエー」第2巻,332
商品詳細

シャガール、Marc Chagall オフリトグラフ 「ダフニスとクロエー」第2巻,332

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1977年

      題名:332. シュリンクスの物語
                             THE SYRINX FABLE

オフセットリトグラフ
サイズ:32x24cm

 
1961年のオリジナルの後、1977年ドイツで刊行れた作品、発行者は誉れ高い
→George Braziller Inc.
オリジナルに遜色なく再現された作品です

実際1961年の作品と並べて比較しても大きさ以外の違いを見つけるのは難しいです。
もちろん、光沢の仕上げではありません....

(e-bay等でも2倍もしくはそれ以上の価格で販売されています)




額の外寸:45x37cm(色はホワイトゴールドで四隅に細工があります)







◇場面の解説

牧人が使う笛(シュリンク.ス)にまつわる言い伝え、

シュリンクスは元々は楽器ではなく、姿は美しく、また歌う歌声も美しいうら若き娘だったという......

「その娘は山羊を飼いニンフ達とは遊び友達で、歌声は笛の如く綺麗だった。パ〜ン(半身人間、半身山羊)がこの娘に恋をして想いをとげたく、

力ずくでも娘を追いかけ捕まえようとするが 娘は嫌がり走り逃げ廻った挙句に疲れ切り、

とうとう力尽きて葦のしげみに身を隠し、最後には沼の中に姿を消した......

パ〜ンは、娘の最後を憐れに思い、嘆き悲しみ、悔やむ気持ちから、長さの違う葦の茎を蠟ずけしてこの楽器を考え出したのが始まりだとの言い伝え......」


この昔話は、ラモ〜ン(ダフニスの養父)が、以前シチリアからきた山羊飼いに、 山羊1頭と笛1管とを交換する際に語ってもらった物語だそうです。






Marc Chagall(1887-1985)
1875年 ロシア、ヴィテブスクに9人兄弟の長男として生まれる。
1900年 4年生の公立学校に入学。(同級生にオシップ・ザッキン)
1907年 サンクトペテルブルグの美術学校に入学。
1909年 レオン・バクストの美術学校で学ぶ。
1910年 パリに赴き以降5年間滞在。
1915年 母が病死。 ベラと結婚。
1923年 再びパリに戻る。
   ロシアではアバンギャルドな作品を制作したが、パリでは「愛」の表現へと変わる。
1941年 第二次世界大戦勃発、ナチスの迫害を避けアメリカへ亡命。
1944年 同郷の妻ベラがアメリカで病死。
1947年 パリへ戻る。
1950年 フランス国籍を取得。
1952年 ユダヤ人女性のヴァランテイーヌ・ブロッキーと再婚。
1960年 エラスムス賞を受賞。 当時の文化大臣でシャガールと親交のあったアンドレ・マルローはオペラ座の天井画を依頼する。
1964年 オペラ座の天井がを完成。
1966年 17点の連作「聖書のメッセージ」をフランス国家に寄贈。
1973年 シャガール、86歳の誕生日、ニース市に「国立マルク・シャガール美術館」が開館。
1985年 ニースに近いサン=ポール=ド=ヴァンスの墓地に眠る.....

他の写真
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シャガール、Marc Chagall オフリトグラフ 「ダフニスとクロエー」第2巻,332

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