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シャガール リトグラフ
ホームシャガールMarc CHAGALLシャガール、Marc Chagall オフリトグラフ 「ダフニスとクロエー」
商品詳細

シャガール、Marc Chagall オフリトグラフ 「ダフニスとクロエー」

販売価格: 2,800円(税込)

★表示価格は送料込みの価格です
1977年
( 1961年のオリジナルの後、1977年ドイツで刊行された作品
発行者はGeorge Braziller Inc.)

      題名:320.ドルコーンの死
DEATH OF DORCON


技法:オフセットリトグラフ
          
      サイズ:32x48cm

1961年のオリジナルの後、1977年ドイツで刊行れた作品、発行者は誉れ高いGeorge Braziller Inc.

オリジナルに遜色なく再現された作品です、


実際1961年の作品と並べて比較しても大きさ以外の違いを見つけるのは難しいくらいです。
もちろん、光沢の仕上げではありません....

◇今回はシートのみの販売になります、
額装の画像はイメージのみの目的でご覧下さるようお願い申しあげます







☆額装イメージ↓↓

☆ご希望により額装を承ります!

アップ画像の仕様で額装代金は5千4百円(税込み)+送料
額の在庫状況により、発送に5日ほどかかる場合があります.....

<場面の解説>

夏が終わり、秋もたけ、葡萄も熟れた頃......

 テユロスの海賊の一体がカリアの船に乗って田地のあたりに船をつけ、短剣と片胸当てで武装して上陸、葡萄酒や多量の小麦、蜜蜂の巣箱など手当たり次第に奪い、ドルコーンの飼っている家畜も数頭奪っていった。

  そして、海岸を歩いていたダフニスも捕えられ、海賊たちの船へと連れ去られた。

連れ去られる間、ダフニスは必死に叫びクロエーに助けを求めた.......

 その声はクロエーの耳に入り、クロエーは慌てて救いを求めてドルコーンのところへ駆けつけた。

    ドルコーンは海賊たちに打ちのめされ血だらけになっており、息も絶え絶えの有様で寝ていた。クロエーの姿を見ると......

「クロエー、僕はもうじき死ぬ。牛を守るため必死で戦ったが、武器と人数でかなわなかた...........

ダフニスを助け、僕のかたきをとって、あいつらをやっつけてくれ.....奪われた僕の牛は笛の音につれて動く、遠くで草を食べていても、笛の音を聞くとその後についてくるように笛の音に近ずくようにしつけてある。この笛を君にあげる、笛を吹いて、後は笛と盗まれた牛たちに任せればよい.....

  最後にお願いがある、僕がまだ息があるうちに接吻してくれ、

     それから死んだら泣いてくれよね.......

      いずれ別の男が牛の面倒を見るだろうが、それを見たら僕の事を思い出してほしい」

 

それだけを言って最後の接吻をすると、接吻と言葉が終わるとともに息をひきとった。

 


  

 

Marc Chagall(1887-1985)


1875年 ロシア、ヴィテブスクに9人兄弟の長男として生まれる。
1900年 4年生の公立学校に入学。(同級生にオシップ・ザッキン)
1907年 サンクトペテルブルグの美術学校に入学。
1909年 レオン・バクストの美術学校で学ぶ。
1910年 パリに赴き以降5年間滞在。
1915年 母が病死。 ベラと結婚。
1923年 再びパリに戻る。
   ロシアではアバンギャルドな作品を制作したが、パリでは「愛」の表現へと変わる。
1941年 第二次世界大戦勃発、ナチスの迫害を避けアメリカへ亡命。
1944年 同郷の妻ベラがアメリカで病死。
1947年 パリへ戻る。
1950年 フランス国籍を取得。
1952年 ユダヤ人女性のヴァランテイーヌ・ブロッキーと再婚。
1960年 エラスムス賞を受賞。 当時の文化大臣でシャガールと親交のあったアンドレ・マルローはオペラ座の天井画を依頼する。
1964年 オペラ座の天井がを完成。
1966年 17点の連作「聖書のメッセージ」をフランス国家に寄贈。
1973年 シャガール、86歳の誕生日、ニース市に「国立マルク・シャガール美術館」が開館。
1985年 ニースに近いサン=ポール=ド=ヴァンスの墓地に眠る.....

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シャガール、Marc Chagall オフリトグラフ 「ダフニスとクロエー」

販売価格: 2,800円(税込)

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